A君と私(あとがき)

『A君と私』を最後まで読んで頂いた方、どうも有難うございます。
読まれた方の何かしらのヒントに繋がれば幸いに思います。

私は文章がどうも得意ではない(特に句読点とかは頭痛の元凶でしかありません)ので、読みにくい点も多々あったかと思いますが、何とか小学生の子でも読める様にと思いながら書いてみました。

改めてお伝えしますが、『A君と私』は私が経験してきた実際のお話で、勿論A君も実在します。

それでなければ読まれる方の現実的な参考になりませんし、素人が書いたフィクションの読み物程つまらないものは無いと思うからです。

ただ一つ随分昔の出来事の為、若干の時系列のズレはあるかも知れませんがご了承下さい。

そしてどうしても内容を抑えて書く必要がありましたので、少年時代のA君に対しての私の驚きを、上手く伝えられていないかも知れません。
今回は少年時代の話でしたが、思春期編もいつか書いてみたいと思います。

私が初めてA君と知り合った幼稚園の頃の印象は、とにかく暴れん坊というイメージしかなくて、危ないから関わりたくないというのが本音でした。
そして自己中心的で友達も作ろうとしないところは、孤独さも感じさせました。

ですがふとしたことがきっかけで、私とA君は少しづつ親密になっていきます。
そうするうちにA君はとても寂しがり屋だということや、ちゃんと人に気遣いも出来るということが段々分かってきました。
それは付き合ううちに私だけが分かってきたことで、もしそういう部分も全くないただの悪童であれば、流石の私もそんなに仲良くなれなかったかも知れません。

ところが最終的には、逆に私が精神的に助けられている程の存在にまでなっています。

人は本当に分からないものですね。

話の中で、最後にA君は私をアニメ映画に誘っています。

私は最初断るのですが、そもそもどちらかというと、A君の方が行かなそうな映画だと思ったのです。
まぁ、子供なんて映画館に行くというだけで楽しいかも知れませんが、そう感じました。

ちょっと意外で、映画に誘われたこと自体、これが最初で最後だった気がします。

というのも、A君は行動も面白ければ趣味や思考もちょっと違っていて、当時まだDVDではなくてVHSのビデオテープを借りてきて映画などを観ていましたが、A君は普通の子供はまず借りない様なマニアックなもの(毒毒モンスター、地獄、かなり昔の怪獣映画、製作費の安そうなキョンシーっぽい映画?等)を好んで借りていました。

これはインターネット等全く普及していない昭和の時代に、何の情報もなく小学生が自分で借りるレベルの物ではありません。

そんな変わった趣味の所も私はA君から知識や刺激を貰っていましたし、平凡を好まなかった私はA君と一緒に居るのが楽しくてしかたがありませんでした。

A君がいなければ学校や世の中も全然面白くなかったと思います。


隣の家の壁にスプレーで平気で落書きをして、欲しいものは盗んででも手に入れて、癪に障った相手を必要以上に痛めつけていたA君は、10年以上前に私の一番の身内と言える祖母が亡くなった時にはお葬式に来てくれて、私と親族の所に来て、

「この度はご愁傷様です」

と丁寧に頭を下げてくれていたのを見て、私は強く胸に込み上げるものがありました。

結局のところそれがA君なのです。


今現在、諸事情からA君とは疎遠になっており、なかなかコミュニケーションが取れていないのですが、結婚して随分経つ奥さんに対しても今だに“〇〇ちゃん”と、大事に話しかけていることでしょう。

2018年 1月 中山 清春


S__32219138.jpg

【A君と私】は、子供を叱るのは良くないという話ではありません。
大人は子供に対して優しいだけではなく、間違ったことに関しては叱りましょう。

そしてそれは子供だからとかではなく、人が人としてアドバイスするという意識を持つことです。
そこに感情も表すことで、子供は色んなことを感じ、考えます。

ただ、自分の子供は叱りつけて、他の人にはへこへこしていると子供はそれをちゃんと見ていて、強い矛盾を感じます。
そこは注意が必要かも知れませんね。