A君と私(完)

A君が私の深層心理の体現者だったと感覚的に気付き始めたものの、当時理論的に自分を分析出来るはずもない私は、そこから目をそらしながら特に深く考えずに日々を送っていた。

それが後に私の数奇な人生(運命)に繋がっていくのだが、その内容については今は諸事情もある為、また今度機会があれば触れていきたいと思っている。

もうあまり使われなくなった言葉かも知れないが、昔よく『高校デビュー』という言葉を耳にした。

意味はそのまま高校生になってから何かを始めるという様な意味だが、それを不良学生達の間では、それまで比較的大人しい感じだったのに、高校生になって急に不良っぽくなり始める生徒に対して、揶揄する様な意味合いで使われた。

小馬鹿にしているのである。

しかし、それは私からするとそもそもおかしく感じた。

幼少期から家庭環境等にコンプレックスがあり、物心の付いた頃にはとても世間に自慢出来ない様な行動を共にしていた、私とA君の目線で周りを見た時に、特に生粋のA君と比較してしまい、何となくみんながデビューの様に感じていたのだ。

全く手の付けられなかったA君が小学生の高学年で更生(?)し始めたお陰で、

『あのA君がこうなのだから、自分もそうしなければ』

という意識が確かに働いていた。

人に迷惑をかけたり、相手の心を折るという様な感情やその方法は、多分A君は熟知していたし私もそれに近かった。

それをかなり早い段階でA君が卒業した為、自然に私も合わせていった。

私のきっかけはA君が作り、終わらせたのもA君だ。

人生のかなり早い段階で、この一連の流れは本当に色んな意味で勉強になったと思う。

中学生頃からグレはじめて、大人になって更生したという不良少年の話はよくある話だが、やはりA君は次元が違ったということだろう。

流石私のヒーローは、とにかく他人とは景色が違って見えていた様だ。

頭で考えるタイプではなく、感覚で行動するのも私は付き合い易いと感じていた。

その突飛さのあまりA君は頭が悪いと思う人間も少なからずいた様だが、逆に誰よりも繊細で賢いと私は言い切れる。

また、これは元々そうだったのか後天的にそうなったのかハッキリ分からないのだが、気付いた時には女性にとても弱くてすごく優しかった。
とにかく女の子に純粋で、後に年頃になって付き合ったりした女の子に対しても、“〇〇ちゃん”と話しかけて、彼女を呼び捨てにすることさえ絶対に無い。
幼少から付き合いのある私は何回も首を傾げたものだ。


さてそんなA君だが、相変わらず発想や行動が面白く、一緒にいて楽しい事しかなかった。
とりあえずノープランでもA君と遊びの約束さえすれば、その日は楽しくなることが確定してしまうのだ。

例えば当時は冬になると、殆んどの家庭に石油ストーブや炬燵が置かれていたが、好奇心だけでいきなり自宅のストーブに『キンチョール』を噴射して、燃え上がった火で自分の髪の毛を火事にしてしまったり、何かしら真似出来ない様な行動で爆笑させてくれる。
そんな少年だった。

小学校高学年のある夏休み。
子供向けのアニメ映画に行こうとA君に誘われた。

私は生意気にも背伸びをして、

「そんな子供が観るような映画は行きたくない」

と断ったのだが、A君のしつこさに折れて結局行くことになった。

馬鹿話をしながら二人で自転車に乗って映画館に行くと、来場した子供達にはアニメのキャラクターがプリントされた、紙で出来た帽子が配られた。

映画を見終わって、帰り際にその帽子を捨てようとすると、

「せっかくだから持って帰ろう」

とA君が私に促した。

何となく言うとおりにして、また二人でA君の家に戻った。

するとすぐにA君はカメラを取り出してきて、

「せっかくだから、一緒にこれを被って写真を撮ろう」

と、言ってきた。

「嫌だ!」

子供染みてるのが嫌で、断る私にも無理矢理帽子を被らせたA君とツーショット写真を撮った。

「思い出だから」

この言葉をA君は良く使う様になった気がする。

後日、現像出来た写真をA君が私に持って来てくれた。

(何だかこの写真恥ずかしいなぁ…)

ひねくれていて、しかもA君の気付きに追い付いていない私は、内心そう思いながら写真を受け取った。

家に帰ってから改めてその写真を一人で見直すと、そこには二人で頬を寄せながら、笑顔で写る私とA君の姿がある。

実際にはここに書けない様なことばかりしていた。
周りの子供達や保護者から煙たがれながら、みんなが敬遠するほど悪い事ばかりしていたあのA君が、今こうして私と思い出を作る為に一生懸命してくれる。

私は自分が何となく情けなくも感じ、言葉には表せない感情が込み上げた…。

完   


A君と私(あとがき)を読む   


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